ウォード錠(うぉーどじょう)
ウォード錠とはすべての鍵のルーツで、古代ローマ時代に原型が作られていたといわれている鍵です。時代を経てイギリスで多くの鍵職人の手によって進化して、レバータンブラー錠が発明される近代まで、十数世紀に渡って世の中の主流の鍵としてウォード錠は広く利用されてきました。とくに中世ヨーロッパでは貴族の間で大変な人気があり、ウォード錠の鍵や錠前に宝石や金銀などの豪華な装飾や繊細なデザインが施されて、芸術的な価値があるものも出てきたほどです。この時代、大切なものを保管する場所を施錠する鍵は信頼と名誉の証とされ、権力者から鍵を預けられた官吏や、屋敷の主から鍵を預けられた使用人は大きな権限を持つことを意味しました。日本では江戸時代に鍵専門の職人が存在し、「和錠(わじょう)」と呼ばれる国産のウォード錠が作られました。江戸時代は治安が良かったことや人目につきやすい長屋の構造などの理由で、庶民の住まいでは引き戸につっかえ棒をするなどして鍵は一般的には使われていませんでした。そのため武家屋敷や商家の蔵などの錠前として限られた用途ではありましたが、ウォード錠は日本国内でも主な鍵として使われていたのです。
ウォード錠は錠前内部に「ウォード」と呼ばれる立体的な障害があり、正規の鍵の先端の形状がこの障害にピッタリと合う作りになっています。鍵の先端がウォードの先にあるカンヌキまで届いているので、鍵を回すとカンヌキがスライドして解錠する仕組みです。正規の鍵以外を錠前に差し込むと、鍵の先端がウォードに当たって鍵を回せず解錠できません。しかし「スケルトンキー」と呼ばれる鍵が登場したことにより、ウォード錠の鍵としての防犯性が低下しました。スケルトンキーによって大抵のウォード錠は解錠できる弱点があるからです。スケルトンキーは鍵の先端が非常にシンプルな形状をしており、ウォード錠の錠内部のウォードを回避してカンヌキ部分に届いて操作できます。言ってみれば合鍵やマスターキーの役割を持っている鍵なのです。このためウォード錠は鍵本来の役割である防犯性よりも、鍵を設置するドアや家具などの装飾性の役割の方が大きくなりました。現代のように高い防犯性が必要な玄関ドアや勝手口、金庫の鍵などに設置するにはウォード錠は向きません。
ウォード錠は、錠前の鍵穴から内部のウォードが見えるため、ピッキングで不正解錠されやすい構造となっています。錠前自体の破壊も簡単にできるという面からも防犯性は低くなっています。簡易的でもとりあえず鍵の機能が欲しい室内で使用するか、もしくはデザイン性の観点などからどうしてもウォード錠を設置したい場合は、防犯性の高い補助錠などを付けると良いです。古い時代の鍵であるウォード錠は、現在では使われる場所は限られています。スケルトンキーの存在を別にすれば、錠前内部のウォードの形を複雑にすればするほど防犯性が高くなるので、ウォード錠は時代を経るごとに錠内部のウォードが複雑化したものが作られました。対応する鍵の先端の形状も複雑になり、芸術的といえるほど精緻なデザインになっていったのです。鍵の持ち手部分も先端の形状に合わせるように高いデザイン性を持つようになり、ウォード錠の持つクラシックな雰囲気やデザイン性が現代でも一部の人々に人気を呼んでいます。ウォード錠はイラストの鍵で描かれるような形状で、ファンタジー映画の宝箱と鍵やジュエリーメーカーが作る鍵モチーフをイメージすると分かりやすいです。鍵のみであればアンティークショップやインターネットショップなどでも販売されています。芸術的な形状や時を経て味わいの出てきた金属製の鍵をネックレスなどのアクセサリーにしたり、インテリアにしたりなどの需要もあるほどです。鍵の専用メーカーで防犯性が低いウォード錠が新たに作られることは、ほぼないと考えられます。ウォード錠を手に入れるにはアンティークなものを購入するか、鋳物などでオーダーできる工房を探すなどの方法があります。現在ウォード錠は、一部の古い家のドアやアンティーク家具、鞄の鍵・南京錠などに使われている鍵です。アンティーク家具などウォード錠を含めた家具そのものに歴史や芸術性など価値があるものも存在します。ウォード錠は金属で出来ているので、さびないようにメンテナンスが必要です。
現代の鍵に比べるとウォード錠は比較的簡易的な構造ですが、鍵の開け閉めがし難い場合や鍵が閉まって開かない場合などは、自分でなんとかしようとせず必ず鍵の専門業者に依頼してください。貴重なウォード錠だけでなく、鍵を設置している家具や鞄などに傷をつけてしまうおそれがあるからです。玄関ドアや貴重品を保管する部屋のドアの鍵などにウォード錠が設置されている場合は、防犯性の高い鍵に交換するか補助錠の設置が効果的です。この場合にも鍵の専門業者に相談すると、それぞれの場所やドアに適した鍵をアドバイスしてもらえます。